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美容師さんがタレントであるならば
我々はタレントである美容師さんが
ステージで思い切り輝けるように
アシストするプロデューサーです。
横澤 稔明代表取締役社長

社長インタビュー

横澤社長がこの業界に入ったきっかけを教えてください。
実は私は「美容業界」や「ヘアサロングッズ」に興味があってこの業界に入ったわけではありません。前社長の佐藤に「面白い仕事があるから一緒にやらないか?」と誘われたのですが、最初は全く相手にしていませんでした。私はその当時都内におり、医療機器メーカーの直販部で働いていて、年齢は若かったのですが満足のいく成績で公私共に充実した日々を送っていましたので、仕事を変える気なんて全くありませんでした。

ところが何度か佐藤に誘われて佐藤と仲のいい美容師さん達の酒席なんかに同席させてもらっているうちに、美容師さんってカッコイイなって思うようになったんです。

美容ディーラーと美容師、それぞれのポジションで上も下もなく、対等に話をして、熱く夢を語り合っている姿。自分のいる医療業界には無い「魅力」がそこにはありました。いい大人になっても夢とか目標を堂々と言える美容師さんたちを、いつのまにか好きになっていましたね。
それで最初に誘われてから2年ぐらい経ったある日、改めて佐藤に「で、どうなの?俺まだぜんぜん転職する気ないけど、会社の状況とか、規模感とか、どんな風に仕事してんの?」って聞いてみたら、「ロール紙の家庭用faxと黒電話1本と長机1台。で、トイレも無くて…」って言うから、

「面白そうだね」って(笑)
なぜ面白いと感じたんでしょうか。
自分が勤めている医療機器メーカーとその業界は、既に出来上がっていて、たとえ成績が良くても20代の小僧の意見なんか通る訳も無く、ちっぽけな存在で大きな機械の歯車の一つでしかない。
一方アポロは何も無い。会社の体もなしてない。単純に何も無い状態から作り上げていくのって面白そうだなって思えたんですよ。で、気づいたらアポロに入っていたわけです。
その頃のアポロ商事の様子を教えてください。
当時はひとりひとりのデスクなど無く、男4人がパイプ椅子に座って膝の上にアタッシュケースを置いてそれを机代わりにして伝票書いたりしていました。大変だったけど苦じゃなかった。さすがにトイレぐらいはあった方がいいなって思いましたけど(笑)

何よりも面白かったのが、美容ディーラーなのに美容室を1軒1軒回ってシャンプーやカラーなどの商品を売り込むことをせず、「青年の主張」を繰り広げていたんです(笑)
「青年の主張」とは?
当時美容師って脇役でしかなくて美容師にスポットが当たることなんて無かった時代なんですが、僕らはその頃から、「美容師はすごいんだ、かっこいい仕事なんだ、モデルでも服飾でもなく、美容師こそが業界をリードしていく主役だ、この人たちを何とか世の中に知らしめたい!」「我々はそんな美容師さんを全力で手伝います。美容師さんがタレントであるならば、我々はタレントである美容師さんがステージで思い切り輝けるようにアシストするプロデューサーです。是非そういうお付き合いをさせていただきたい!」って訴え続けた。
…みんなキョトンとしてましたね(笑)。「カリスマ美容師」という言葉が流行り出す2年ぐらい前のことです。
その切り口というか、発想がすごいですね。普通は当たり前に商品を売り込むものって思うものじゃないですか?
そうですね。ほとんどの訪問先がヘンな奴らだと思っていたはずです(笑)。でもずっとそんなことばかりしていました。「今日も“青年の主張”何件やった」とか言って、佐藤と二人でよく笑ってました。

俺はシャンプーを売るためにわざわざ仙台に帰ってきたんじゃない、2人の力でこの業界を制覇するんだ!自分たちの考え方、価値観を広めていこう、自分達は正しい!って信じていたんですよ。はっきり言って布教活動みたいな感じでした(笑)

それから程無くしてカリスマ美容師ブームがきたんです。自分たちが伝えてきたことは間違ってなかったんだって思いました。「ほら見ろっ」て。「俺たちが時代を創ったんだ」って勘違いしてましたね(笑)
辞めたいと思ったことはありませんか?
最初の1年ぐらいは辞めたいって思ったことは何度もありましたよ。医療メーカーではウン千万っていう機械を何台も売っていたのに、1本700円のカラーが売れない状態が続いて、悔しくて悔しくて。でも結果も出していないのに辞めるのは「逃げ」だなって思って、それだけは嫌だったのでどうせ辞めるなら結果を出してから辞めようって思ったんです。

今思うと売れなかった時は自分のことしか考えてなかった。相手のことを訊いていなかった。価値観の押し売りだった。相手のこともちゃんと訊くようになってから売れるようになってきましたね。
横澤社長の「これだけは絶対に変えたくない」こだわりは何ですか?
根っこにあるのは、その頃からお客様と我々はそれぞれの役割(ポジション)があり、パートナーであり、自分達のプロデュース力によってどんどん美容師さんの花を咲かせてあげたいという想いです。「この商品安くするから、買ってください」ということではないんです。
「商品を売らない。自分達の存在価値を売る。」これが我々のこだわりであり、次の世代にもずっと伝えていきたいあり方です。そうでなきゃ自分達が存在する意味がない。
同業他社との違い、強みを教えてください。
実は競合他社を意識したことはありません。ある意味異業種だと思ってやっています(笑)。私たちは「考え方、価値観を広めたい」という姿勢ですので、ライバルのあの会社を追い抜いてやるって気持ちで日々営業してるわけではないです。それでも同じ美容というフィールドで商売している以上、一つの風船がプーッとどんどん膨らんでいったら、そのフィールドから他が弾き飛ばされるのは仕方がないですよね。自然の成り行きといいますか…。だからそういう独特な考え方を理解して日々奔走している「社員」達こそが「強み」であり、「自慢」です。
社長にとって最も嬉しいことは何ですか?
いっぱいあり過ぎて一つには絞れませんが、この通り他とは違う異色な考え方で生きてきた分、「人から認められること」が何よりも嬉しい。認められて「ありがとう」って言ってもらえること。それが人より強いかもしれない。「これは自分がやらなくてもいい」とか「これぐらいでいいだろう」って思えないんですよね。
どんな幼少期で、当時何が楽しかったですか?
目立たない子供でしたが、周りの大人に「お前そんなこともできるのか、やってくれてありがとな」って言われることが楽しかった。やっぱり子供の頃から変わってないですよ。友達に対しても何か面白いことをして、笑わせたりして喜んでくれることが嬉しかったです。誰かが何かを片付けようとしているのを見つけたら先に片付けるとか…、何かを取りに行こうとしているなら先に行って代わりに取ってきてあげるとか(笑)何かにつけて喜んでもらいたくて常にアンテナ張ってましたね。だから空気を読まない人が理解できない。できるのにアンテナを張らない人は嫌いです。最初からアンテナの感度が悪い人は別ですよ。あえて気付かないフリをする人はダメですね。
尊敬する人は?
美容師さんに多いですけど、有名になるぐらいの方はみんな1本筋が通ってますよね。スポーツ選手でも何でも「結果を出している人」は尊敬します。
お客様にどうなってほしいですか?
その人のなりたいようになってほしい。そのために我々ががいる。色々あると思います。儲けたい人、有名になりたい人、もっと成長したい人、いろんな人がいるからそれら全部の力になってあげたいですね。
あなたのお客様が増えるとどんな世の中になると思いますか?
活気に満ち溢れると思います。みんな目標を持って。
どんなお客様が増えると嬉しいですか?
前向きな人ですよね。現状維持ではなくて。もちろん人の価値観には踏み入れることはできません。ほとんどの方が現状維持派だと思うんですが、その中でもほんの少しでも抜きんでたいっていう気持ちがある人をなんとかうまくアシストしてプロデュースしたいですね。
近い将来の具体的な計画を教えてください。
サロンの「人材確保」の役に立ちたいと思っています。ヘアショー「IDEALISMアイディーリズム」もその活動の一つで、若い人たちに美容師が憧れの職業として位置づけられ、意欲のあるいい人材が集まるように、という目的で3年前から毎年行っています。それ以外にも「求人」に関しては、自分達が実験台となって色々と試してみて、いいツール、いい情報はどんどん惜しまず、お取引サロンに流していくつもりです。

また、お客様の利便性を考えてそろそろEC環境を整えなければいけないな、と。今まではあえてインターネットに抵抗し続けてきた我々ではあるのですが、時代性を考えると、そうも言ってられないので。お客様からすればいつでもどこでも必要なものが簡単に注文できるほうが助かると思いますし。もちろん完全に頼ることはせずに、今まで通りアポロらしい心通うサポートとITをバランス良く使っていくつもりです。

環境面では、各営業所にスタジオを新設して講習やセミナーなどで気軽に利用していただき、美容活動を強力にサポートしていきたいと思っています。

弊社主催の「コンテストSENSIBILITY」も15年続けていますが、もっと規模を大きくしたい、たとえば東北地区、北海道地区、関東地区というように全国区を視野に入れて拡大したいです。


会社の業務的な面では、お陰様で自社の倉庫がいっぱいでパンク状態なのでこれをなんとかします。3つほど施策がありますが、近々にどれかに決めて対策します。
社会貢献活動はしていますか?
社会貢献というか、14年ぐらい前から近所のB型就労支援施設(働く意欲があるのに身体的なハンディキャップによって一般の就労が難しい方々の支援施設)に使用済みダンボールや、ペットボトルのキャップを寄付しています。昨年は僅かですが金銭的な支援もさせていただきました。彼らも彼らのポジションがあって社会の一員として働いています。我々は我々のポジションでできることをする。働きたいという意欲がある人をアシストしていきたいという考え方は変わりません。

プロフィール

横澤 稔明(よこざわ としあき)

1968年11月14日生まれ 蠍座・O型

出 身 地 仙台市 旅籠町(現在の青葉区小田原6丁目)
東照宮の今泉産婦人科にて出生
(当時は東照宮も旅籠町も市電が通っていた)
最終学歴 仙台市立仙台工業高校機械科卒業
職  歴 東北三菱自動車販売(株)(~1987年)
フクダ電子東京南販売(株)(~1995年)
(株)アポロ商事(1995年~)